オレンジ色の堤防で紙飛行機を飛ばすなんて、あんまりだ。
 そのまま通り過ぎても良かったけれど、気がついたら自転車を放り出していた。後ろのほうでがしゃんと音がする。教科書もジャージもいれっぱなしなのに。草のにおいがした。
 
「屑桐ィ!」
 
 止まりきれずにほとんど突っ込むように転んだを、受け止めて屑桐は眉を寄せる。
 
「馬鹿、危ないだろう!」
「あははは、ごめん、屑桐見つけたら思わず」
 
 悪びれずにスカートをはらっては改めて屑桐の隣に座った。
 スポーツ推薦だけあって、屑桐の入学と野球部入部はほぼ同時だったから、こんなふうに一緒に帰るのはずいぶんと久しぶりのことだった。寂しいかと問われれば頷くけれど、幼馴染なんてたいていそんなものだとは思う。
 ついこのあいだ三年生が引退して主将の地位を引き継いだことを校内新聞で知った。驚きはしなかったけれど、そもそも主将になって今までと何が変わるのかもわからなかった。
 来たはいいけれど話題に困って、苦し紛れに言ってみる。
 
「屑桐さあ、王様になったんだって?」
「…どういう意味だ」
「華武野球部って王者なんでしょ。そこのボスなら王様じゃん」
 
 ああ、と答えた屑桐の表情が、少し前のものに戻る。
 思いのほか息苦しそうな顔。
 
「ごめん」
「何故謝る」
「いや…」
 
 上手く言葉に出来ずに口ごもる。
 それって重圧なの、と聞いても屑桐は否定するだろう。
 少し考えた後、も困ったような顔で屑桐を見上げた。
 
「屑桐ってほっといても王様っぽいから、大丈夫なんじゃない?」
「…飛躍しすぎだ」
「悪かったね。自覚してます」
 
 文句を言いながらも要点はちゃんと伝わっているらしいところに、笑ってしまった。
 久しぶりだったけれど幼馴染だ。やっぱり。その懐かしさではもうひとつ思い出す。何か、不安なときにしてもらったこと。小さいとき誰かにそうされていたように、とんとんと軽く背中を叩いた。屑桐が息を呑む。
 
「え、なんて顔してんの、王様」
「別に」
 
 短い間のあと、めずらしく屑桐が微笑んだ。
 
「礼は言わんぞ」
「いらないよ、そんなもん」
 
 立ち上がった屑桐は普段どおりの仏頂面だった。苦笑しても倣う。
 倒れたままの自転車を起こそうとすると、横から伸びた腕がかわりにハンドルを握った。
 ありがとう、と言うと彼は無言でサドルにまたがる。
 
「乗れ」 「きゃー二人乗りなんて…って屑桐いつも徒歩でしょ、自転車乗れんの」
「安心しろ」
 
 半ば照れ隠し、半ば本気で呟いた言葉に、広い背中が真面目に答える。
 おそるおそる荷台に座って肩に捕まると、自転車はなめらかに走り出した。
 
 
 風が速い。
 
 
「ねー屑桐ー?」
「なんだ」
「あたしねえ、いつか屑桐に会えなくなっちゃうと思ってたよ」
 
 王様になんてならなくても。
 いつだって屑桐の歩調は早かった。走っても追いつけなくなるくらい。
 もうこんなふうに自転車に乗ることなんてないと思っていた。
 王様はあたりまえに王様でいるんだと思っていた。
 そうして遠ざかっていくのは仕方ないことだと思っていた。
 
「でも屑桐があたしのとこまで戻ってこればいいんだよね」
 
 背中に、ぴたりと額を付けては言う。
  
「走れるだけ走っていいからさ、たまに思い出してね」
「…もし、転倒したら?」
「あたしが追いつくまで屑桐も頑張っててよ」
 
 そしたら一緒に解決策を考えてやるから。
 振り返らない背中をとんとんと叩きながらはひっそりと笑う。
 こうして後ろで待っていても、たぶん転倒する日は来ないのだろう、と。

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