ツェツィーリエ。
 うつくしいひとの名前だ。この国の最高位にあるひとの。
「失礼いたします、ツェツィーリエ陛下。眞魔国第四師団所属、ただいま参上仕りました」
「あらあら。あなたのお耳は飾りだったのかしら?ツェリと呼ぶようにと言ったでしょう、。それにあたくしとあなたの間に、そのような無粋な肩書きはいらなくってよ。あなたの所属場所はコロコロかわるんですもの」
 きらきらしい笑顔で迎えたツェリは、を手招くと、そばに控える侍従に何事か指示して、膝を組みかえる。同性の目から見ても充分に魅惑的なその仕草にはわずかに眉をひそめた。
「またそのような服を…。お風邪を召されますよ、ツェリ様」
「やぁだ、年寄りのようなことを言うのね!」
「狩人を自負されるなら、無駄な獲物は落とさないのが道理というものでしょう」
 かわいらしく唇を尖らせたツェリに、はおだやかな口調で首を傾げる。
「秘すれば花と申します。たまには趣向を変えてみてはいかがです?」
「うふふ、お上手だこと。あなたが殿方だったら、あたくし、一番にあなたを狙ってよ?」
  「…それは喜んでよろしいのでしょうか?」
「ええ、もちろん」
 華やいだ声で笑うと、不意にツェリの表情が、眞魔国王としてのものに切り替わった。気配で察しても表情を改める。そうしながら、このうつくしいひとが確かに彼らの母親なのだと実感した。誰の、とは限定しない。ただ日頃軍人としての面しか見せない彼らの、厳しさににたものを、目の前の人の深い場所に感じた。
「公表するまでにはまだ少し時間があるのだけど、あなたには先に言うわね。これからの仕事に関わることだから」 「何なりと」
 仕事。
 ここ数年のの仕事は主に彼女、ツェツィーリエの護衛だった。近習といってもいい。常に傍近く控え、何事かがあれば体を張って守る。そういう内容の仕事だが実際それほど重大な危機があったとは思えない。それはアルノルドにくらべれば、といろいろな人が笑った。知りもしないくせに。
 そして、これから。
 これまでの仕事はもう終わるのだとツェリが言う。前任からの引継ぎは、彼の死亡直後に行われた。つまりはそういうことだ。…まさかこの場で殺されたりなんてしないだろうけれど、と腹の底では思う。
「譲位するわ」
「まさか!?」
 思わず叫んでは口をつぐむ。
 ツェリはあいかわらずたのしげな口調を崩さない。
「いいえ、本当よ。あちらの世界の陛下もそろそろ御年16歳。こちらの習慣から言わせていただくのであれば、もっとも相応しい時期ではないかしら。ねえあなたはどう思って?」
「どう…と言われましても…閣下はご存知なのですか」
 口にした後で、不足部分を補おうとしたが、ツェリは意に介した様子もなくあたりまえのように「コンラートなら」と言を継いだ。
「予測しているでしょうね。あの子にとってなにより大切な魂ですもの。親にとって子供の年齢を数えるのはごくあたりまえのことよ。成長した姿をを思うことも。だから」
「…『こうなると思った』と仰る?」
「ええ」
「しかし、あちらの方をお迎えするとして、ツェリ様が退位なさるというのは早計ではありませんか?こちらの世界にいらしたことはないのでしょう。習俗や価値観はおろか、もしかしたら言葉さえ共有できないのかもしれません。そのような方に突然王位を譲られたところで、はたしてそれは最良と呼べるのでしょうか。ましてその方は貴族として名を知られているわけでもありません。下手をしなくともお命を狙われる可能性は…」
「だからあなたを呼んだの」
 婉然と微笑んでツェリは頬杖をついた。
「影となり新たな魔王陛下を守りなさい。これは第二十六代魔王ツェツィーリエからの命令よ、
 逆らえる言葉がどこにあるだろう。
 この国を支え続けたひとの姿に、ルッテンベルグの獅子の貌が、重なる。
 

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル