目が覚めて、異世界。
 そんな話があるかと思いながら、現実でもないのにこうもリアルなのはなんとなく腹立たしい。その、「腹立たしい」を通り過ぎてしまった今では、なんとか順応していかなくちゃなあ、と決意を新たにしてみたり?
 
 
「ご無礼をお許しください。もしかして、あなたがユーリ陛下?」
 その呼び方はやめてください。かゆいから。
 …と、おれが言っても、なかなかどうしてこればっかりは変わらない。それだけあなたが尊いからですよとギュンターだっけ、言ったのは。そんなオーラなんて出してないはずなんだけどなあ。そういう呼び方が似合うのは暴れん坊将軍とか水戸の御老公とか遠山の…いや、彼らは別に陛下なんて呼ばれてないか。
 しかし自分よりよっぽどそういう威厳のありそうな人たちに「陛下」呼ばわりされるのも、それなりに疲れるものなのだ。今声を掛けてきたのだって。どうせおれより身長があって綺麗な人にちがいない。
 半ばなげやりな気分で振り向いた先には、…いや、まさか。
「…ええと、あの」
「どうかされました?」
「君」
「何か」
「その、身長…もしかして俺より小さい!?」
 初対面の(一方的に知っている可能性は除外するとして)相手に、いきなり身長の話題をふられる心境は如何なものか。雰囲気はなんとなく年上。魔族の方々の実際年齢が人間の外見年齢よりずっと高いことは知っているが、たとえばヴォルフあたりと比べてもずいぶん大人っぽい少年だった。
「そうですね、陛下と比較させていただくなら、少し」
「うわ、よかったぁ。…なんかこっちきてからやたらと平均身長高くて、ちょっとコンプレックス感じてたんだよねー。ああなんかすげー新鮮。だよなーやっぱこの目線が落ち着くわ」
「褒められてるのかどうかわからないんですが…まあ、お気に召していただけたなら幸いです」
 ああほら大人じゃん。
 ちょっと調子に乗りすぎたかなと思ったが、彼は気分を害した様子もなく、穏やかに笑って肩をすくめた。その様子にどことなく規視感を覚えておれは尋ねる。
「前に会ったっけ?君、名前は?」
と申します。陛下とお会いするのはこれが初めてですよ」
 そういえば同じような会話ををコンラッドとしたんだっけ。
 どんどん重なってゆく奇妙な錯覚に足元をすくわれそうだ。
「もっとも、今後は常にお傍に控えさせていただきますけれど」
「え?」
 なんだそれは。
 つまりアレだろうか、渋谷有利専用メイドさんとか、そういう。そういえばツェリ様のまわりにも「専属お世話係ー」みたいなひとたちがいたっけ、シュバリエとかシュバリエとかシュバリエとか…ってひとりしか名前知らないんじゃん。ともあれ、野球小僧にはチームにひとりのマネージャーで充分なんだけど。
 は不思議そうに首をかしげた。
「ご存知じゃありませんでした?」
「いや別に誰もそういうことは…あっ、コンラッド!」
 小柄な少年の向こうに見慣れた姿を見つけて、おれは大きく手を振った。彼はすぐに気づいてこちらにやってくる。
「どうしたんです陛下、こんなところで…っと」
 普段どおりの爽やか笑顔が、振り向いたをみて、軽い驚きにかわる。
「また随分おもいきりよく切ったんだな。後姿じゃ誰だかわからなかった」
「それより閣下、フォンヴォルテール卿からは、この件について既にお話は済んでいると伺ったのですが?」
「ああ、それなら今俺が聞いてきたばかりだよ。、この後何か予定は?」
「いえ」
「じゃあ丁度よかった。陛下」
「陛下って呼ぶなよ名付け親」
「すみません。ユーリ、少し部屋に戻ろうか。話がある」
 なれた動作で背中に添えられた手が、どことなく、ぎこちないような気がした。
 

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