「ウェラー卿はご無事か!」 天幕に転がり込んできた小柄な影を認めて、グリエ・ヨザックは目を見張った。 「!?」 「ヨザック?あんた無事だったのか!」 乾きかけた血で固まっている顔が、笑う。そのとたんにぐらりと傾いだ体を受け止めようとして、ヨザックはの右手の剣に気がついた。細縄で巻かれた腕はひどい鬱血だが、他の傷に比べればずっと軽い。 この地獄にも等しい戦場では珍しくない光景だがはそこに溶け込むべきではなかった。 「なぜだッ」 抱きとめたまま、叫ぶ。臥せっていた兵士達の幾人かが駆け寄ってくる。 はふしぎそうにこちらを見上げている。 「なんでおまえが此処にいる!?」 「なに…」 「カーベルニコフに留まっていると聞いたぞ、俺は!それを…」 見開いた目はしばらくのあいだ瞬きもせずに言い募る口を凝視していたが、やがて、ゆっくりとあたりを見回す。左手が耳を押さえる。 もしかすると本人さえ呟いたことに気がついていなかったかもしれない。 「音が、ない」 本来であればはカーベルニコフで防戦に徹するべき人員だった。アルノルド陥落の危機に医療部隊が結成されたが、志願して入隊したのは片手にあまる人数だ。最前線の激戦区といえば死地と同義で、そんな場所に派遣されるのは、鉄砲玉と何も変わらない扱いである。知らないうちに彼女はその片手に入ることを選んでいたのだ、俺の知らないところで。 英傑を裏切者と責めるのは国家反逆罪になるだろうかと、まわらない頭がゆっくりと考えた。 |