どうせ暇なんだろうという台詞とともに扉を開けた友人を、拒む言葉がどこにあっただろう。 見舞いだと差し出された本は挿絵の多い簡易な文章だったが、もともと読書の習慣のないヨザックが飽きてしまうのに、一時間とかからなかった。 本に視線を落としたままのを、からかうつもりで口を開く。 「どうせならおまえ音読しろよ」 「…聞いて楽しい技術はないけれど。知ってるだろう」 「よ、ん、で」 仮にも同じ軍学校を卒業したのだ。習った知識の中に含まれる語学が、必要最小限程度だということはよく知っている。あくまで冗談だった。わざとらしく笑って顔を覗き込むと、は、あきらめたように肩を落とす。 それで終わりだと思ったのに、次に聞こえたのは、少し硬いがよどみなく綴られる、ものがたりだった。 「『じゃ、今度はいつお目にかかれましょう?』椿姫はこう答えました。『この椿が枯れた頃に』」 おまえなんで、と言おうとして、結局一音もはきだせないまま、ヨザックは中途半端に開いた口を閉じた。の視線はずっと本の上だから今の間抜けな顔は見られていない。理由なんて簡単だ。彼女がどこかで努力していて、自分がそれを知らなかっただけだ。 どうしてこんなにどろどろしてしまうんだろう。 耐えられなくなって、手を伸ばして、本を奪う。 「なにするの」 驚き、にはならなかった言葉が、宙に放たれて行き場を失う。 その瞬間に部屋全体にあふれていたやわらかい空気が霧散した。ああものがたりが終わってしまった、とヨザックは喉の奥で呟く。立ち戻ってきた現実はやさしくなくて、そう、どこかの主人公みたいに「そしていつまでも幸せに暮らしました」と終わったりはしない。愛しているから別れようなんて殊勝なことは言えない。はじまりさえない。 はそれきり何も言わずに本を閉じる。 ぱたん、と乾いた音がした。 その、ちいさな波紋をつかまえて、ヨザックはようやく口を開く。 「抱いていいか」 また何か壊れてしまったような気がするけれど、さいわいにもこれは現実だから、それは目には見えたりしないのだ。 |