ステレオ-グラム [stereogram] |
まっとうに眺めていたってしかたのないものはある。 たとえば死んだ後の世界なんて、どんな宗教学を噛み砕いたって、自分を壊せない以上は触ることすらかなわない。蜃気楼のまぼろしとおなじようなものだ。 「さんなにみてるの」 数学の時間はとてもとても退屈だった。 チョーク、数字、エックスにエーのにじょうをだいにゅう、教科書、エックスプラスワイイコール、誰かが聞いているMDの音、黒板、ちゃんときけよーテストにだすからなー。問題の分かっているテストには無駄以上のどんな意味があるのだろう。 あれにくらべたらこの体育の授業はまだ少し生産性があるのかもしれない。どのみち参加していない身分で言う言葉でもないのだけれど。 「さん聞いてる?」 「聞いてるけど別に何も」 答えながらも私の視線はあいかわらず倉庫の屋根の下だ。 剣道部の胴着のような、真っ黒い袴姿の男が暇そうにあくびをしている。どう見てもこの学校の制服ではないし、まして昼日中から血塗れの刀を面倒くさそうにぬぐうのは、この国にあってはならない光景だろう。 ふと、男がこちらを向いた。 「何かいる?」 「さっき猫がいたんだけどね」 目があった。笑っているのが遠目にもわかった。 「今は、何にも」 まっとうに眺めていたってしかたのないもの、あれは、そういうたぐいのものだ。 傷があるくせに人懐こい表情だった。少し、低い声が聞こえた気がする。 わたしはゆっくりと瞬いて、クラスメイトたちが走るグラウンドを見る。 「なにもいないよ」 また会おう、そんな言葉は聞こえなかった。 眺めているのに耐えられなくなったら、わたしは屋上から飛び降りてしまう。そうならないように、きちんと焦点をあわせなければならない。 ねえ、どこにいたの、猫。 指で指しながら倉庫の屋根の下を見る。午後の濃い影がおちるだけだった。 「もういなくなっちゃった」 |
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